よい製品とは - 顧客体験から考える

国鉄道模型を始めてから6年が過ぎ、 完成品、キットを含めて購入した車両は300両を超えた。自分は衝動買いを(あまり)しない方で、メーカーのアナウンスはもとより、販売店やWebメディアの紹介記事、YouTube上のレビューなどを見つつ、これはと思うものだけを買うようにしている。なので、これまで「全く期待外れだった」というような製品には幸い当たっていない。けれども「満足いく製品だ」と自信を持って言えるものは多くなく、残念に感じることもいろいろとある。

もちろん見た目や機能仕様はわかった上で買うわけなので、そこに大きなギャップが生まれることは少ない。しかし鉄道模型製品では、完成品であっても実際に箱を開けて製品を取り出してから走らせるまでに、パーツを取り付けたり、DCCデコーダーを装着したりといった、ユーザー自身が行うべき作業が存在する。これは一般的な製品にはあまりないもので、鉄道模型の製品が趣味のためのものであり、ユーザーによるカスタマイズを良しとする特殊性から来るものであろう。完成品として売られている製品も、本当の意味では完成品ではない。それが故に、真の完成品に至る過程にユーザー自身が行う作業、この“顧客体験”が、製品の満足度を決定する一要素に含まれることになる。そしてそれはユーザー固有の体験であるがゆえに、大きな振れ幅をもって満足度を左右するものになっているようにも思う。

この記事では、最近購入した2つの製品を取り上げて、メーカーがこの顧客体験を十分に理解し、それを満足させるためにどのような設計や準備を行なっていたかを紹介したい。

Dapol GWR Class 43xx 2-6-0 'Mogul'

最近リリースされるDapolの蒸機は、いくつかの新しいメカニズムを取り入れている。そのどれもがユーザーの顧客体験を向上させるための配慮から来ているように思われる。

ボイラー内のDCCソケット

テンダー式蒸機であれば、通常はスペースが十分取れるテンダー内部にDCCソケットを備えることが多い。しかしこの製品では、タンク式と同様にボイラー内にDCCソケットを備えていて、煙室ドアを外すことでアクセスが可能となっている。

ボイラー内に配置されている基板(写真左、赤矢印)は、付属の治具(写真右)を使って簡単に引き出すことができる。

引き出した基板は片面にNext18ソケット(写真左)、もう片面に15mmx11mmのシュガーキューブスピーカーを格納できるエンクロージャー(写真右)が取りつけられている。

DCCデコーダーをNext18ソケットに、シュガーキューブスピーカーをエンクロージャーに嵌め込めんで、ボイラー内に戻せば装着完了となる。

ユーザーはボディの分解やDCCデコーダーやスピーカーをどのように置けばよいかを悩む必要はないし、半田付けも不要。ボイラー内の基板の出し入れも、専用の治具を用意することで、作業ミスや想定外の方法による破損や不具合などのトラブルを起こす可能性を防いでいる。

テンダー設計

テンダーではなくスペース制限のあるボイラー内にDCCデコーダーおよびスピーカーを配置することは、作業性を高める利点がある一方で、搭載できるスピーカーの自由度がないなどの欠点もある。それに対しこの製品では、テンダーに追加のスピーカーを接続するための配線があらかじめ施されている(赤矢印)。これだけスペースがあれば様々な種類のスピーカーを搭載可能である。もちろん使わなくてもよい。この配慮には舌を巻いた。

また見えている銅板はテンダー集電のためのものだ。DCCデコーダーを安定して動作させるには安定した集電が欠かせない。テンダー式蒸機であればデンター集電は欠かせないし、ダイキャストで作られたテンダーボディもその集電性能を高めるのに一役買っている。

テンダー設計のすごさはそれだけではない。テンダー分割にも配慮が見られる。テンダーは四隅のネジを外すことで上下に分割されるのだが、ブレーキホース(黄矢印)やハンドレール(赤矢印)は、上ボディに一体となってはずれるように設計されている。スピーカー設置作業に必要な下ボディに、壊れやすいパーツは一切残っていない。明らかに意図をもって設計されていると感じられた。

機炭間接続

そしてテンダー式蒸機取り扱いの最大のWeak Pointである機炭間接続には、配線とカプラーを一体のものとして設計された機構が採用されている。

蒸機本体側(写真右)にはカプラーの先に基板で作られた突起が備わっており、上下合わせて4極の接点が配置されている。これをテンダー側(写真左)のカプラーに設けられた穴にスライドして差し込むことで接続が完了する。

機構はシンプルで、接続、切り離しも極めて簡単であり、ピンプラグ等による接続に比べて作業ミスによる破損も余程のことがない限り起きないだろう。唯一機炭間の間隔を調整することができないという欠点はあるものの、それを補ってあまりある優れた機構であると思う。

Cavalex Models Class 56 Colas Railfreight "Robin of Templecombe"

Calvalex ModelsからリリースされたClass 56はディティール、機能ともに満載で、プレミアムモデルといっても差し支えない出来であるが、今回取り上げるのは実はそこではない。パーツの取り付け、というありふれたユーザー作業に対する顧客体験が、この製品を真のプレミアムモデルに押し上げていると思う。

ホース類、カプラーの取り付け

ディーゼル機関車でほぼ必ずやらなくてはいけないのが、両端下部に備えられるホース 類やカプラーの取り付けである。Calalex ModelsのClass 56では、箱から出した時点では部品は一切取り付けられていない。

これはTension Lockカプラーを取り付けるとディティールパーツが干渉してしまうからで、ユーザーは2つのエンドそれぞれに対してTension Lockカプラーを取り付けるか(写真左)、パイプやダミー連結器などのディティールパーツを取り付ける(写真右)かを選択して作業する。

この製品には、作業手順について説明書に解説が書かれていた。いや、そんなの当たり前ではと思われるかもしれないが、ディティールパーツの取り付けに関してこのようにわかりやすく正確な解説があることの方が実は少ない。Web等で実車の写真を検索して確かめながら作業することが多いように思う。この説明書では、取り付ける順番もきちんと番号によって示されており、ユーザーは迷いなく作業することができる(順番を守らなくても作業はできるが、取り付けた部品が干渉して作業しづらくなる)。この説明書の1ページがあるかないかで、顧客体験は大きく左右されるのである。

作業ではパーツをあらかじめ本体に開けられた穴に差し込むのだが、たいていの製品において、パーツの大きさと穴の大きさがしばしば合っていない。ピンバイスで穴を拡げたり、パーツを削ったりして調整しながら作業を行うことになる。しかしCalalex ModelsのClass 56では、パーツ、穴ともにこの調整なく嵌め込めるように設計製作されており、無加工ですべてのパーツを取り付けることができた。これは設計および加工精度ともにきちんと管理されている証左であり、顧客体験の向上に結びついている。

ネームプレート、エンブレムの取り付け

このモデルではエッチングパーツによるネームプレート、エンブレムが付属している。エッチングパーツによるネームプレートはさほど珍しいものではないが、この製品が素晴らしいのは、それらを正確な位置に貼り付けるための治具(写真中央の金属板)も合わせて用意されていることである。

使い方は至極簡単で、側面キャブドアのハンドレールに合わせる形でこのプレートを置き、穴に合わせてエンブレムおよびネームプレートを貼ると完成となる。

この治具がなかったらどうやって正確な位置に貼ることができただろうか。

前出のホース類、カプラーの取り付けと合わせて、この製品は「誰でも迷いなく自分の手で質の高い完成品を作る」という顧客体験の提供に成功していると思う。

おわりに

今回取り上げた鉄道模型製品における顧客体験について、そこに価値を見出す鉄道模型ユーザーは実際には少ないのかもしれない。しかし自分は今回出会った製品を通じて、メーカーがその課題に正面から取り組んでいることを感じ、その努力をきちんと評価したいと思う。もっといろんなひとがこのようなささやかだけれどとても大事なことを取り上げてくれて、より多くの製品の顧客体験が良くなることを願うばかりである。