岩倉美津未は総理大臣になれるのか

最近ドはまりした「スキップとローファー」。田舎から東京の高校に進学した女子高生・岩倉美津未と周りの友だちが織りなす青春群像劇であり、彼女の持つ天然な性格が周りのひとに影響を与えていく様子は「青春」と言われる時期の眩しさを一層際立たせているー。

ただこの作品のちょっと変わっているところは、彼女が東京の高校に進学した動機だ。

なぜなら私には明確な人生設計があるから!

大学はもちろんT大
法学部を首席で卒業

総務省に入省しキャリアを積んで
過疎対策に大きく貢献する

定年後は地元に戻り市長を務める
官僚時代のノウハウを生かし財政を大幅に改善

死んだらお骨は日本海に撒いてもらう...

(「スキップとローファー Scene (1) ぴかぴかの高校生」より)

地頭のいい地方出身の学生が東大を目指したり、官僚を目指したりすること自体はさして特別でもないと思うのだけど、その先の目指す目的が地方の過疎問題の解決となれば、途端に政治色を帯びてくる。本人は気づいていないのかもしれないが、普通に考えてそれは「政治家になりたい」と言っているのと同義で、表舞台で展開される青春ラブコメの根底に、なかなか骨のあるテーマを据えてきたなと思う。

この「スキップとローファー」を読んでいると、どうしてもひとりの政治家の名前が思い出される。小川淳也ドキュメンタリー映画「なぜ君は総理大臣になれないのか」の主人公で、最近では2021年10月の衆院選で、香川1区で平井卓也大臣を破って選挙区当選を果たし、民主党の党首選にも立候補者のひとりとして名を連ねた人物た。

小川も地方の香川県出身で、家は政治と無関係。地元の高松高校から東大法学部を出て当時の自治省(現総務省)に入省。地方自治体への出向を経験する中で、やがて官僚でいることの限界を感じ、国政に身を投じるべく、香川1区で民主党から出馬し、政治家としての道を歩み始めた。

岩倉美津未のビジョンとメンタリティを考えると、やがて同じような道を進むのではないかという妄想が頭をよぎる。彼女の地元能登半島を含む石川も香川に負けず劣らずの保守王国で、彼女が「変わらないままで」政治の舞台に立つことは、あまりにも無邪気な妄想ではある。しかし「政治家に向いてない」と評された小川ですら国会議員になれたのだ。美津未がその場に立てないと断じるのもまた早計であろう。むしろ小川より美津未の方がこれからの政治に必要とされるのではないかと思える部分もあるのだ。

「スキップとローファー」の舞台となっている高校、その時間。小川は地元香川で過ごしたが、美津未は新しい東京という場所で過ごすことになった。地元の高校では東大進学が難しかったり、叔父さんであるナオさんが既に東京に出ていたという条件があったにせよ、彼女は一大決断をして東京の高校に進学した。この決断が彼女のビジョンの実現に決定的な影響を及ぼすことは想像に難くない。小川は大学生、そして男性という立場で地元を出ることになった。一方で、美津未は高校生、そして女性という立場で地元を出た。美津未は明らかに、様々なひとの援助なくしては東京での生活を成り立たせることができない。地元では出来ていたことでさえ難しいかもしれない。必然的に彼女は東京で生きていくためのネットワークを構築することを要請される。「私を助けて欲しい」そう声を上げることは政治参加への第一歩で、彼女はそれを身体レベルで獲得していくのだろう。地元の能登と新しい場所の東京を往復するうちに相対的視座も養われるように思われる。性別、そして3年間の違い。これが持つ意味は相当に大きい。

小川にそれらの素養がないとは思わないが、地元香川の家父長的な雰囲気をまとっているところも感じられ、彼が香川1区以外から出馬することを想像することは難しい。一方で美津未は、既に能登でも東京でも彼女を支えるひとたちがいて、さらに新しい場所へ跳躍もしていけるような、そんな軽やかさを持っているような気がする。

美津未が総理大臣になれるのか。今のところ彼女にその気はないだろうけど、そんなことをふと考えさせてくれるこの作品が、僕はとても好きなのである。