育ちゆく子に贈る詩

先日の土曜日、月2回の小さなシュタイナー学校「森の学校」の卒業式がありました。
「森の学校」は3年課程なので、小学3年生で卒業です。シュタイナー学校では、毎年担任の先生が通信簿として子どもたちに詩を贈ります。卒業にあたって3年生に贈られた詩は、これから先のその子の道しるべとなるような内容で、とても心を打たれました。
上の子がもらった詩はこんなものでした。

太陽のようでありなさい
大地のようでありなさい
天と地の調和のとれたところにこそ
進むべき道があるのです
優しさと温もりと強さをあわせ持ち
新しい世界を創造するちからとなれ

以前読んだ育ちゆく子に贈る詩(うた)―シュタイナー教育実践ノートというシュタイナー学校の活動記録の本でも、同じように詩の話が出てくるのですが、その時僕は「親・親戚以外の第3者の大人から言葉を贈られるというのはいい体験になりうると思うし、自分の子どももそういう大人と出会って欲しいと思います。」という感想を残しています。

しかし実際に自分の子どもが詩を贈られるに至り、詩の持つ意味はもっと根源的なものだったのだと気づかされました。
なぜシュタイナー学校は担任が持ち上がりで、毎年子どもたちに詩を贈るのか。
子どもたちの自我のスイッチを入れる、これが教育の本質なのだと。
3年間ともに学んだ先生からの言葉というのは、たぶん本人にとって親よりも重いものでしょう。初めて鏡で自分のかたちを見せられたような、そんな感覚になるのではないかと思います。
ともあれ、とても心に残ったひとときでした。