アガルタから新宿まで

 2016年8月26日。立川シネマシティ。「君の名は。」公開初日。たまたま休暇を取って久しぶりの新海誠の新作を見た。東宝のオープニングロゴとともに始まる上映。「あのトリウッドの『ほしのこえ』からここまできたんだよなぁ」というのが、この作品に対する最初の感想だった。

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新海氏を知ったのは「ほしのこえ」公開のときだったと思う。当時Web日記界隈で「商業クオリティの自主制作アニメがある」と話題になっていたので、一度観に行かねばと思い下北沢のトリウッドまで足を運んだ。当時の自分の感想を見ると、チラシに書かれた新海氏のコメントを引用してあった。「『広い世界の中で僕は一人きりのような気がする。 でも、僕はここにいるんだ』というあの頃の強い想い。 『ほしのこえ』には、あの頃の願いを思い切り詰め込みました。」なるほど。その後の新海氏の作品も、良くも悪くもこのスタイルを外していない。

ほしのこえ」はお互いに恋心を抱く高校生ノボルとミカコの話だ。ある日、ミカコが国連宇宙軍の調査隊に選抜され深宇宙に向かうことになり、離ればなれになってしまう。E-mailを通じてコミュニケーションはできるものの、距離とウラシマ効果により違う時間を生きることになるふたり。「君の名は。」の原型は既に「ほしのこえ」に存在している。

映画の後半、ミカコはシリウス星系第四惑星アガルタに到着する。雲が流れ、雨が降り、地球に似たその風景を見ながら、ミカコはこう呟くのだ。「あぁ、雨に濡れたいな。コンビニ寄ってアイス食べたい...」ノボルと過ごしたたわいもない日常。でも地球から遠く離れた星では、決して叶うはずのない日常。

君の名は。」では三葉が瀧に会いたいとひとり東京にやってくるくだりがある。駅を行き交うひと、混み合う電車。約束もせずにひとを探すにはあまりに広すぎる東京の街。

見つかるはずのない、でも会いたいという想い。いないはずのひとのことを強く想う気持ち。それでもミカコはノボルにメールを打ち、三葉は自分に出会う前の瀧に声をかける。

「24歳になったノボルくん、こんにちは! 私は15歳のミカコだよ。」

「瀧くん... 名前は、三葉!」

新海作品に通奏低音のように流れる、一歩間違えば青臭い自己満足としか捉えられない感情。「君の名は。」のヒットを考えると、それを切実に希求する多くの人がいるという事実に驚く。その要因をアレコレ考えることはできるけれど、長年のファンとしてはただエンタテイメント作品として一定の地位を占められたことに、ささやかな満足を覚えるのだ。