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「風立ちぬ」感想

風立ちぬ (ジス・イズ・アニメーション)
不思議な映画だった。どう贔屓目にみても話の流れは複雑で、ある程度の歴史や時代背景が頭に入っていないとそれが意味するところを理解できないし、カタルシスも控えめに表現されていて、ハッピーエンドでもなければ、悲劇が描かれているわけでもない。2時間20分に収められた内容は膨大で、悪く言えばまとまりがないようにも思われる。観ている間ずっと、どうにもならない重石に縛り付けられているようにも感じた。あの時代に生きたひとは大なり小なりそういうものを抱えていたのだろうし、いまこの時代でも実はあまり変わらないといえばそれまでなのだけど。それでも。それでも。日本の田園風景や菜穂子の花嫁姿や空を舞う九試単戦の美しさは微塵も曇ることがないのだと、そういうことを描きたいがための映画だったのだろうか。それってえらい贅沢な話なように思うけど。
個人的には療養所を抜け出して名古屋に出てきた菜穂子を、黒川夫妻がきちんと迎え入れるところがとてもよかった。現実にはああいう流れになるのか少し不思議に思うけど、緊張の続く映画の流れで少しほっとできる瞬間だった。どんな事情であれ、祝い事はちゃんと祝い事として祝いましょうという、ごくごく当たり前のことだけど、堅苦しいと敬遠される慣習というものが存在する価値をよく表現していたと思う。
ものすごい勢いでコンテンツが消費されていく今にあって、「風立ちぬ」は少し意図とは異なる評価のされ方をするように思う。それは僕がこの作品を漫画のままの小品として留めておいて欲しかった理由なのだけども、願わくはゆっくりとこの作品が消化されていって、未来のどこか、小さな映画館でひっそりと見られたらいいなと思う。たぶん10年後に観ても、20年後に観ても、同じように思いを馳せることができることができるはずだから。