「20歳のときに知っておきたかったこと-スタンフォード大学集中講義」(ティナ・シーリグ/阪急コミュニケーションズ)

20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義

「いま、手元に5ドルあります。2時間でできるだけ増やせと言われたら、みなさんはどうしますか?」で始まるこの本は、スタンフォード大学で教鞭を取るティナ・シーリグが、講演のためにまとめた内容を書き下ろしたもの。主に彼女の授業での課題とそれに取り組んだ学生たちの反応について、また「起業家精神」を体現する何人かの事例を紹介しながら、自分の能力を引き出すためのものの考え方について説いています。実際の起業のための指南というよりは、魅力ある生き方とは何か、という彼女の信念を書いた本、というのが妥当なところでしょう。

普段こういう本はあまり読まないほうなのだけど、たまたま図書館で予約を入れて順番が回ってきたので、これも何かの機会と思い読んでみました。読み進める途中、自分自身の過去の体験も含めて、思いのほか様々なことに思いを馳せることになったので、その中で2つほどを書き留めておきたいと思います。

ひとつは、これから社会に出ようとする学生には良きメンターが必要だということ。
この本を読みながら僕は学生時代にやっていたある活動のことを思い出していました。僕は学生時代、子どもを相手に人形劇や影絵劇を見せるサークルに入っていて、大学の長期休暇中に地方の小さな町の小学校を一週間ほどかけて回る公演旅行をしていました。まずだいたい一週間で回れる程度の規模の小学校を持つ町を洗い出した上で、その町の担当(だいたいは教育委員会)のひとに直接電話するという飛び込み営業さながらのことをやっていました。話を聞いてくれそうなところに対しては、こちらから改めて資料を送ってどういう活動をやるのかを具体的に説明するという流れです。
いまから思えば、どこの誰かもわからないような学生がいきなり電話をかけてきて、授業の時間をつぶして公演をさせろというのですから、よくもまぁ話を聞いてくれたものだと思います。当時、先方に説明するときに僕らが気にしていたのは、主には公演内容そのもので、演目はもちろんのこと誘導や進行までどのような感じでやるかを説明し、学校行事として子供たちの鑑賞に耐えうる公演であることを説明していました。
でもおそらく先方はそんなことは大きな問題としては捉えていなかったでしょう。この学生たちは本当に信頼に応える気持ちをもっているかどうか、重要なのはおそらくその一点だけだったでしょう。
これがわかったのは、自分が会社の採用面接の端っこに座って、実際に応募者に向き合ったときです。まさに立場を変えればなんとやら。もし自分が学生のとき、この本に出てくる授業のように、もう少し社会と自分のかかわりを考えるトレーニングを受けていたのであれば、またちがった見方で公演旅行を捉えることができたかもしれません。当時は候補地がきちんと決まって、それなりの予算で予定どおり公演ができることばかりを気にしていました。でも本当は、小学校以外のもっと別の場所で僕らのような存在を必要としてくれていた場所があったかもしれない。交渉する勘どころさえもっていれば、もう少し自由にやれたかなとも思いました(まさに後の祭りですが)。

もうひとつは、僕らは本質的に贈与の環の中で暮らしているということ。
このことは社会に出てからもしばしば忘れてしまうことですが、自己完結するよりも他人と築かれる贈与の環に強くコミットするほうが、はるかに自由で結果として得るものが大きいのです。ただ贈与の環それ自体は、自分がいてもいなくても回っていくものなので、ともすれば自分というものの存在が価値のないように思えることもあるかもしれません。でも結局のところ「君が落ち込んでも世界は何も変わらない(byミルカさん)」のであって、自分という閉じた範囲だけではなく、贈与の環を流れるものにきちんと目を向けられるかどうかが、楽しく生きるためには必要なのかなと思いました。