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「満州事変と政策の形成過程」(緒方貞子・原書房)

緒方貞子氏の代表的な著書ということで図書館から借りて読んでみた。この本は氏がカリフォルニア大学バークレー校大学院政治学部に提出した博士論文がもととなって出版された「Defiance in Manchuria - The Making of Japanese Foreign Policy 1931-1932」の邦訳に加筆修正したものである。したがって、刊行は昭和41年(1966年)となっており、研究書としてはその時代背景を差し引いて読まなくてはいけない。しかしながら、当時はまだこの著書に出てくる関東軍関係者が実際に生きていた頃であり、氏も資料をたぐりながらも何人かの関係者にインタビューをしている。そういう意味では、当時だからこそまとめることのできた論文であったともいえよう。

さて、僕は端からの素人なので、これにいささかの論評も加えるつもりはないが、興味を覚えたのは最終的に軍、政府あるいは天皇およびその周辺によってなされた政策決定に対して、大衆がどのように影響を与えたか、という点である。以下、結論から該当箇所を引用する。

私は、満州事変の原動力となった帝国主義を「社会主義帝国主義」と定義してみたいと思う。無論丸山真男教授が指摘した如く、「フアシズムの進行過程における『下から』の要素の強さはその国における民主主義の強さによって現定される、いいかえるならば、民主主義革命を経ていないところでは、典型的なフアシズム運動の成長もまたありえない」ことは十分に認められなければならないであろう。日本のフアシズム運動において大衆が占めた比重は決して大きくなく、彼らはフアシズム運動の指導者達の心に幻影として存在したに過ぎないともいえよう。
このような観点からは日本の帝国主義を「社会主義的」と称することは不適当といえるかも知れない。しかし、それにもかかわらず一つの重要な点で大衆が昭和初期の帝国主義に影響を興えた事実にわれわれは注目すべきであると思う。(p.306-307)

本書では軍がどのようにして政策決定の過程に影響を及ぼし、最終的には外交政策の転換を通じて権力を手中に入れたかということを明らかにしているが、軍中央部や政府、天皇およびその周辺以外のプレイヤーとして、大衆の存在は当時ですら無視できない存在であったと思われる。とするならば、やがて破局に至る外交政策の転換点において、例えば大衆はそれを阻止しえたか、という点は大いに興味があるところだ。あくまで仮定の話でしかないのだが、それを考えていくことは、現在の政策決定と大衆動向を考えるのに等しいのではないかという気がする。